映画「ボヤージュ・オブ・タイム」レビュー:自分の存在に感謝が溢れる哲学的叙事詩

作品情報

タイトル:ボヤージュ・オブ・タイム 公開年:2017年 上映時間:90分 監督:テレンス・マリック あらすじ:
『天国の日々』、『シン・レッド・ライン』、『ツリー・オブ・ライフ』など発表する作品は常に高い評価を受け世間を賑わしてきた<映画界の偉才>テレンス・マリック監督が、40年のライフワークを集大成して世に送り出す渾身作。 製作にはブラッド・ピットが名乗りを上げ、語りはアカデミー賞女優ケイト・ブランシェットが務める。 かつてない映像世界に飛び込み、本能で<生命>を体感する90分。 (Filmarksより)

感想・評価

圧倒的に完成された哲学的叙事詩。 母親の胎内かのような、この上なく至福の遊泳。 魂の奥底から有難みが洪水を起こすような感動的なトリップ。
あまりの素晴らしさに、この映画を表現する言葉が次々と湧いてくる。 が、それはすなわち「的確に表現する言葉が存在していない」ということなのだろう。
この映画は、人々の営み、宇宙の始まり、地球の始まり、生命の始まり、地球上の風景、自然の動き、生物の多様さ、この世界を構成するそれらの奇跡と、そのどうしようもない美しさについて、重厚な構成と静かで美しい映像とともに、力強く説いてくれる。 「SAMSARA」がランダムかつフラットに世の中のすべてを映す激しいジェットコースターだとしたら、「ボヤージュ・オブ・タイム」は静かな水面で船に浮かびながら、この世のあらゆる景色を観ていくような体験だ。
僕が印象に残ったシーンを紹介したい。
まずは、バットマンを彷彿とさせる威風堂々としたムラサキダコ。 少なからず人間の創作のインスピレーションに影響を与えているだろうことを確信し、感動した。
そして何より、後半に突然始まる原始人のシークエンス。 この映画は序盤から「人々」が映されているが、ホームビデオのような荒い画質で、また被写体も荒々しく混沌とした様子ばかりがとらえられている。 しかし後半のこの原始人のシークエンスからは、その他映し出されてきた大自然や美しい生物と同様に、4K画質に変化する。
2001年宇宙の旅」の冒頭を彷彿とさせるシーンだが、僕はこのチャプタに信じられないほど感銘をうけた。 ただ自然を畏れながら、知恵を絞り、寄り添い、助け合い、前に向かって歩んでいく人類の姿… それがあまりにも愛おしくて、その結果の一端としていま現在進行形で自分がここに存在していることが有難すぎて、胸の奥底から感動が溢れて止まらなくなる。
冗談抜きで、この映画を観てから、ただ外で青空や木々を見るだけで、この映画のこのシーンから受けたインスピレーションが蘇るようになった。 そのくらい強烈な、不可逆的な体験をした。
ただ一点だけ、敢えていうなれば…僕はどうしても随所に散りばめられたCGのクオリティが気になってしまった。「2001年宇宙の旅」を彷彿とさせるような抽象的なマーブルアートはまだ良いのだが、細胞や恐竜などの立体的なCGの品質には満足できなかった。 それらのシーン自体が非常に重要であることも、その品質については科学者が念入りに検証していることも重々承知しているのだが、どうしても画的に圧倒的な自然の生の光景とギャップがあり、没入に至る集中を削ぐ要素になってしまっていた。 作品の構成やメッセージ性としては文句なしで★10なのだが、その点があるので★9とした。
またその意味では、この正統後継版(と僕は勝手に思っている)「AWAKEN」は、CG一切無しで抜群に没入できる構成となっているので、本作が好きな人は必ず「AWAKEN」も鑑賞してほしい。 ※余談だが、超絶CG技術で騒がれた今夏上映のジュラシック・ワールドのプロローグ映像が本編に組み込まれなかったことについて、監督が「夏の大作映画としては、テレンス・マリック風すぎるのかもしれません」と述べていたとか。
このクオリティでボヤージュ・オブ・タイムのCGを作ってほしかった。。。
また、ボヤージュ・オブ・タイム鑑賞にあたっては外せないポイントが一つある。 この作品は、日本語吹替版で観るべきだ。 日本語吹替ではケイト・ブランシェットのナレーションを中谷美紀が担っているのだが、 作品のニッチさの割にポピュラーな芸能人が起用されていることに違和感を感じたので、気になって調べたところ以下のインタビュー記事が出てきた。
こんな素晴らしい作品に携わらせていただけるのはありがたいことですが、ケイトさんの完成度にはかなわないし、私は必要ないのではないかと思いました。 でも、プロデューサーのソフォクレス・タシオリスさんから「人間は字幕を目で追うと、頭で考えて、思考が働いてしまう。この作品では、そのメッセージを美しい映像と共にダイレクトに心で感じてほしい。そのためには各国の母国語で話す人間が必要なのです」と伺って、ようやく腑に落ちました。
プロデューサーなりの「口説き文句」かもしれないが、なるほど理にかなっている。 実際にこの映画は、字幕がある(画面に文字が入る)と台無しになるだろう。 ふだん映画は字幕派という人も、この映画だけは吹替版で臨んでほしい。 それにしても中谷美紀さん、すごく静謐でフシギな感性を持たれているのだな…と感心した。 だからこそ縁があり、白羽の矢が立ったのであろう。

視聴リンク

採点

この映画の評価は…
★9:度々話題にし続けちゃうかも
他にも、観た映画を独断と偏見で採点してます 他のレビューと採点基準は以下
  • 採点別まとめ
★10:別格の思い入れ。殿堂入り。
★9:度々話題にし続けちゃうかも
★8:これを切り口に映画の話を振れる
★7:好き。場が映画の話なら話題にする
★6:人に話振られたら「良いよね」と言える(印象深かった何かがある)
★5:可もなく不可もなし
★4:微妙だし記憶に残らなそう
★3:つまらない上に不満
★2:途中で諦めるレベル
★1:嫌い。生理的に受け付けない。