フシギな話:イン・トランジット
第1話:イン・トランジット
ある日、不思議な夢をみた。
空っぽの空間に自分が浮かんでいる。
周りをキョロキョロと見渡しても、何もない。
自分の身体すら無い。
そして、目覚めているかのように、やけに頭がハッキリとしている。
これは…夢の中?
周りに何もなくて非現実的なのに、
頭だけは冴えていて…すごく不思議な感じだ。
しばらく戸惑っていると、突然、目の前に四角いカラフルな物体が浮かび上がった。
![](https://s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/wraptas-prod/massed4u/540b4969-4fa3-4d72-8f72-d26db3845aca/043ce932af42488b0055e85a87b83e5e.webp)
その物体は、マトリョーシカのように、透明なサイコロが幾つも入れ子になっているような形をしていた。
内側のサイコロが外側に出てきたり、外側のサイコロが内側に入っていったりと、複雑にうごめいている。
物体が、僕に語りかけてきた。
やあ、はじめまして。
私の名前は「テセラクト」。
端的に君の置かれている状況を説明しよう。
まず、これは夢ではない。
君の肉体は、何事もなくベッドの中で眠っている。
いま、私は君の意識そのものへ直接コンタクトしているんだ。
テセラクトの言葉を受け、頭の中に疑問が次々と浮かんできた。
こちらから質問をしたいところだが、身体がなくて声が出せない。
どうやったら、こちらから話しかけられるのだろう?
そもそも、僕はテセラクトの言葉をどうやって聞いているんだろう?
あ…
遮って悪いけど、心配ないよ。
君が思い浮かべるだけで、その内容はこちらに伝わるんだ。
けど、頭の中がそのまま伝わるっていうのも、慣れてなくて気持ち悪いよね。
君のペースに合わせるから、普段通りに話したい事を頭の中でまとめてみてよ。
まとまったら、普段なら口にするその内容を、頭の中で読み上げてごらん。
僕は、話したいことを頭の中で音読してみた。
はじめまして、テセラクト。
…これで聞こえているのかな?
うん、聞こえているよ。
はじめまして。
おお、本当に聞こえるんだね…
ますます不思議な感じだ。
君はこれが夢じゃないと言っていたけど、
つまり、いま僕は“頭だけ起きてる”状態なの?
いや、そういう訳じゃないな。
君の身体と一緒に、君の脳もぐっすりと眠っているよ。
君の脳は、いつも通り夢でも見ているだろうね。
えっ?!
僕は今ここにいるのに…
眠って夢を見ている僕がまた別に居るの?
つまり、どういう事?
簡単に言うとだね。
意識と脳は、本来別々のものなんだ。
そして私は、君の意識だけを呼び出している。
でも意識だけだと、会話はできない。
ものを考えるのは、脳の仕事だ。
確かにいま君は普段と同じようにものを考えることができているだろう。
でもそれは、私がこの場に君の脳と同じものを再現しているからなんだ。
シミュレーションで作った君の脳に、呼び出した君の意識を接続させているってわけさ。
ええと…難しくてよくわからないよ…
なぜ意識だけだと会話ができないの?
意識はそれ単体だと、“ただ自己が存在しているということを感じる”ことしかできないんだ。
だから、もし意識だけをポツンとここに呼び出したならば、君は私の語りかけを認識することも、応答することもできないだろう。
そうなのかあ…
じゃあつまり、君と話すために僕の意識はいまここに呼び出されている、と。
そのために、意識だけだと会話できないから、僕の脳にそっくりなものを君が作ってくれた、ということ…?
うーん、ちょっと頭が追いつかないや。
君たちの宇宙における学説に、量子脳理論というものがある。
その理論を前提とすると、理解しやすいと思うよ。
まず君たちの肉体は、物質で成り立っているよね。
一方で、意識は物質とは全く別なものなんだ。
特定の場所にあるものではなくて、そもそも実体があるものではないんだ。
意識は、宇宙を越えて飛び交う電波のようなものだ。
特定の宇宙に内在しているわけではなく、実はすべての宇宙からアクセスできる。
!?
意識は僕の身体の中にあるものではないということ?
宇宙の中には、意識と相互作用する機能をもった特殊な物があるんだ。
君たちのような生物の脳が、その一つだ。
君たちの脳は、生まれた瞬間に近くを飛んでいる意識を捕まえて、捕まえておく特性がある。
そして、意識と君たちの脳は、相互作用しあう。
意識が君らの思考や行動を引き起こすこともあるし、君らの思考や行動が意識に影響を与えることもある。
生物の身体が死んだら、意識は解放されて、次にキャッチされるまで漂いつづける。
君らの宗教にある「輪廻転生」という概念は、この仕組みをわかりやすく説明していると思うよ。
脳と意識は本来別々で、
脳が意識を捕まえて、共存しているってことか…
でも、いま僕の意識はここに呼び出されていて、身体や脳と離れ離れになっているってことだよね?
それって大丈夫なの?
もちろん大丈夫さ。
ここは空港のトランジットのようなものだよ。
海外旅行をする時、どんな国に行っても君の国籍は変わらないだろう?
一時的に君の意識のピントがここに合っているだけで、他の何にも影響はない。
もう少しわかりやすく例えるなら、君たちの身体をスマホとしよう。
すると意識は契約している回線の電波のようなもので、脳はスマホの基板だ。
基板の中にあるさらに特殊な一部、SIMカードやアンテナのような小さい部品で意識をキャッチしているということになる。
なるほど…
少しずつ、なんとなく、イメージ出来てきた気がする。
ところで、これまでの話をふまえると…
テセラクト、ひょっとして君は別の宇宙にいる存在ということなのかな?
うん、その通り。
君と私は、別な宇宙の、全く別な時間にいる存在どうし、ということになるね。
少なくとも君たちの宇宙でいうところの、はるか未来の人類の姿。
かなり高度な文明をもつ存在だとイメージして貰えれば良い。
私たちは、このような仮想のスペースを構築する技術を開発した。
ここでは飛び交う意識をキャッチして、意識同士を交信させられるんだ。
さっき身体と意識をスマホと回線に例えたけど、するとここはスマホ同士を繋ぐ基地局のようなものだね。
この技術は、「量子脳交信」と呼ばれているよ。
そして今、私自身もその技術を使って、君と交信しているわけだ。
うん…うん。
なんとなく理解できた気がするよ。
難しいけど、なんだかワクワクする話だね。
僕、こんな話好きなんだ。
そう、君はこんな話が好きなんだよね。
だから、今回私たちに君が選ばれたんだ。
選ばれたってどういうこと?
簡潔に言うと、君にお願いしたいことがあるんだ。
今日から君の身体に、ある変化が起こる。
起きている間、日々の生活の中で、何かフシギなことについて考えると…
その日の夜、睡眠中にまたこのスペースに呼び出されるんだ。
え、じゃあその度にまたこうやって君と話すってこと?
次からは私と話すわけじゃないよ。
君がその日考えたこと、そのテーマに沿って、
違う宇宙、違う時間、どこかの遠くの存在が選ばれる。
その存在もまた、君が考えたテーマについて考えているんだ。
君にはその存在とここで落ち合い、そのテーマについてたくさん会話をしてもらいたいんだ。
なるほど、僕と同じようなことを考えている人と話すってことだね。
それはちょっと楽しそうだな。
僕は普段からフシギなことばっかり考えているし、話し相手が欲しかったからね。
テセラクト、君は一緒に混ざって話さないの?
私は管制塔のような場所で、君たちの会話をひたすら観察させてもらうよ。
そして君も、目が覚めたら、その日会話した内容を何かに記録して欲しいんだ。
あれ、君が観察しているから、それで十分なんじゃないの?
なぜ、僕の方でも会話の記録をしなければならないの?
確かに私のほうでも記録は取っているし、こちらの宇宙にとってはそれで十分だ。
ただ…君たちの宇宙にとっては、君による記録が必要になんだ。
僕たちの宇宙にとって、僕の記録が必要になる…?
どういうこと?
シンプルに伝えるなら、私のミッションは君の宇宙でも量子脳交信の技術を開発してもらうことなんだ。
そうすることで、お互いに交信して、さらなる技術の発展を目指す。
企業による資源開発のようなイメージだね。
いま、私はこのように量子脳交信の技術を使って、別な宇宙の君へとコンタクトをとることができている。
ただし、こちらの技術をもってしても、君たちの物理空間に干渉することはできない。
君と会話することはできるが、その環境自体を提供することはできないんだ。
つまり、こちらでいくら記録を取っても、そちらに直接的に還元することはできない。
だから君にも記録してもらう必要があるんだ。
えっ、それって僕が君たちのすごい技術を教えてもらって、
こっちで自分で通信技術の開発をするってこと…?
いや、そういう訳ではないんだ。
君が直接、量子脳交信の技術を開発するわけじゃない。
そもそも君たちの文明で量子脳交信が開発されるのは、ざっくりいって数万年後だ。
君はそのきっかけの一つに過ぎない。
君にお願いしたいことはただ一つ。
毎回違うゲストとのフシギな話を楽しんで、それを記録するだけで良いんだ。
君にはまだ想像がつかないかもしれないが…
ある文明における量子脳交信の発明への第一歩は、決まってこのような形をとるんだ。
先行している文明からランダムに交信を受け取り続けて、
それが少しずつ少しずつ、バタフライ効果のように発展していくんだ。
そうなんだね。
今から科学者になるくらいの勉強を始めなければならないのかと思ったけど、安心したよ。
記録っていうのは、具体的にどういう風にすれば良いのかな?
記録の方法や場所は、何でも良いんだ。
紙でも良い、インターネットでも良い、なんなら地面への落書きでも良いさ。
何でも良いから、いつかどこかの誰かの目に触れる場所に、交信した内容を記録していってほしい。
君が交信して、それを記録しておく事…
それが同じ文明の誰かの目に、ほんの少しでも触れること。
それが、確かに必要な最初の”きっかけ”になるんだ。
なるほど。
ちょうど僕はブログをやっているから、そこに記録していこうと思うよ。
ただ、目が覚めてから、それが夢なのか交信の記憶なのか、区別がつかなかったらどうしよう。
夢と違って量子脳交信は明らかにハッキリと記憶に残る。
から、それで区別はつくよ。
ここにある君の脳と本来の君の脳は別々のものだ。
けど君の意識は、ここで話した会話の記憶を元の脳に持ち帰ることができるんだ。
会話の記憶は、今この場に再現されている君の脳から君の意識へとアップロードされて、君の意識が君の身体に戻ったときに、君の脳にインストールされる。
すると、君が実際に経験したことのように、ハッキリと記憶に刻まれるんだ。
それで夢とは区別がつくはずさ。
なるほど、ここでの記憶は失われないんだね。それはよかった。
印象的な夢を見ることもあるけど、さすがに現実の記憶と混同することはないから、大丈夫そうだね。
少し補足すると、君らが見る夢っていうのはある種の量子脳交信といえる。
厳密には交信ではなくて、チャンネルをずっとぐるぐると回しつづけているラジオの様に、一方的に受信しているだけだけどね。
宇宙を越えて飛び交っているランダムな情報を意識が受信しているんだ。
その時に、自分の今までの記憶がアンテナに作用するから、やけに現実的だったり、逆に辻褄が合わなかったり、記憶が曖昧になったりするんだ。
僕たちはその性質をヒントに、その日に考えたテーマにピッタリな会話相手が見つけられる仕組みをつくったってわけさ。
へえ、夢ってそういうものだったんだ。面白いね。
あともしかして、僕が「きっかけの一つ」ってことは…
他にも選ばれている人が居るってことなのかな?
私たちが君の宇宙から呼び出した存在は今のところ君しかいない。
けど、同じ技術を持って、未開拓の宇宙へアプローチをかけている宇宙がほかにも山ほどあるのは事実だ。
量子脳交信は、莫大なエネルギーを消費する。
私たちの技術レベルだと、一つの宇宙に対して一名のターゲットが限界なんだ。
ただ最近、過去の交信の痕跡を調査する技術が開発されてきていてね。
それによると、すでに君たちの宇宙へ沢山の交信が試みられていることがわかっているよ。
それがどこから、誰に対して行われたものかまでは、まだわからないけどね。
えーっ、そうなのか…!
じゃあ既に僕と同じように、夢の中でこんな感じの体験をしてきた人がいるかもしれないんだね。
もしかしたら、君たちの歴史上の有名人にもいるかもしれないね。
夢の中でアイデアが浮かんだと言っているアーティストや、突然数式を閃いた学者なんかは、他の宇宙でもよくあるパターンだよ。
ただ、そういう人たちは、はっきり言ってかなりセンスのいい人たちだ。
そうやって有用な情報を持ち帰れるようなパターンは、かなりレアケースだ。
なかには、悪い例もある。
周りから「おかしくなった」と見なされたり、病気だと診断されるような人もいるよ。
ただし、あくまで君は健康だ。
気にしないで気楽に会話を楽しんでくれると嬉しいよ。
そうなんだね。あまり欲張らないように心がけるよ。
ところで、今後は僕が日々考えたテーマに沿って会話相手が選ばれるんだよね?
今みたいに、全く別の宇宙の存在と突然相席することもあるわけだよね。
君みたいに話しやすい相手なら良いけど、全然話が通じない相手と一緒になったらどうしよう…
その心配はないよ。
量子脳交信は、近しい考え方や、縁のある存在と繋がりやすいという性質がある。
君と同じ宇宙や、同じような文明を持った生物、
もっと言うと、君と同じような価値観を持った存在と繋がりやすいんだ。
だから、基本的には会った瞬間から話が合うような相手ばかりだと思って安心して大丈夫だよ。
とはいえ、宇宙は広いし、他の宇宙の数だって途方もないほどの数があるから、
もしかしたら良くわからない話をする相手に出会う可能性も無くはない。
もし君が困っているようだったら、管制塔から通訳みたいに私がサポートするよ。
君は色々な相手との会話を楽しんでくれたら良いさ。
なるほど、わかったよ。
テサラクト、またこうしてゆっくり話せるかどうかはわからないけど…またその時が来たら、積もる話でも…しようね。
あれ…なんだか…頭がぼーっと…してきたな…
君の意識が君の身体のもとへ戻ろうとしている合図だよ。
交信が終了の準備に入っているんだ。
ぼーっとしてきたら、その交信での会話は十分にできたってこと。
だから、安心して戻って大丈夫さ。
それじゃあ、次から早速ゲストとの会話が始まるから、よろしくね。
また会おう、良い旅を!